大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)2878号 判決 1972年9月12日

原告

佐藤巌

右訴訟代理人

滝井朋子

被告

紅山義信

右訴訟代理人

藤田一良

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、昭和四四年六月八日被告に送達された訴状に基づいて、

「被告は、原告に対し、金一、〇四〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四四年六月九日から支払済みに至るまで年五分の率による金員を支払え。」

との判決を求める旨申し立て、

請求の原因として、次のとおり述べた。

「原告は被告を代表取締役とする三洋物産株式会社(本店・神戸市生田区下山手通三丁目三の三)の舞鶴営業所に対し、昭和三七年一〇月四日から昭和三八年五月二八日までの間に五回にわたり、小豆売買取引を委託し、その委託証拠金名下に合計金一、〇四〇、〇〇〇円を預託した。ところが、同会社は、程なく突然舞鶴営業所を閉鎖したので、原告は、同会社に対し、委託契約の解除を通告し、証拠金の返還を求めたが、同会社は、これに応じないまま同年八月末日に倒産してしまい、原告は、同会社から証拠金の返還を受けるあてがなくなつた。

そこで、原告は、昭和四三年五月二七日、被告方を訪れ、善処方を求めたところ、被告は、右会社の原告に対する委託証拠金返還債務を重畳的に引き受けることを約した。よつて、被告は、右約旨に従い、原告に対し、前示委託証拠金一、〇四〇、〇〇〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の率による遅延損害金を支払う義務がある。

かりに右重畳的債務引受の事実がないとしても、被告は、次の理由により原告に対する損害賠償責任を免れない。右訴外会社は、商品取引所法に違反して、商品取引所の会員でないのに、商品市場における売買取引をなし、主務大臣の許可を受けないで、商品市場における売買取引の委託を受け、不健全な経営を継続したため、前述のように倒産したが、それは、被告が同会社の代表取締役としての職務を行なうにつき、悪意または重大な過失があつたことに基因するものである。それ故、商法第二六六条ノ三に従い、被告は、原告に対し右倒産により支払不能となつた委託証拠金相当額の損害金とこれに対する訴状送達の日の翌日以降の民法所定の年五分の率による遅延損害金を支払うべきものである。(この項の主張は、当初の訴状に記載されていたが、最初になすべき口頭弁論の期日に付陳述せぬ旨を明らかにし、昭和四五年五月一二日の口頭弁論期日にはじめて陳述した。)」

被告は、

「原告の請求を棄却する。」

との判決を求め、

答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

「被告が、訴外三洋物産株式会社の代表取締役であつたこと、同会社が昭和三八年八月ごろ倒産したことは、これを認める。しかし、被告は、先祖伝来の農業を営んでいるもので、代表取締役というのは、名義上だけであり、会社業務には一切関与しておらず、業務に関する報告を受けたこともない。したがつて、原告、同会社間の債権債務関係の内容も全く知らない。

被告が原告に対し、右会社からの委託証拠金の返還につき重畳的債務引受を約したという原告の主張事実は、これを否認する。被告は、昭和四三年五月ごろ、原告の来訪を受け、右の債務引受を要請されたけれども、これを拒否したものである。

原告は、最初になすべき口頭弁論の期日において、商法第二六六条ノ三に基づく主張をしないといつておきながら、昭和四五年二月二八日の口頭弁論期日に至り、右の主張をしたが、これは、禁反言の原則と民事訴訟法第一三九条に違反するもので、許されないものと考える。原告が右主張の内容として述べているところにも誤りがある。訴外三洋物産株式会社は、神戸商品取引所の会員であり、主務大臣から商品取引受託の許可を受けていたものである。また、原告は、同会社の不健全な経営、被告の悪意または重大な過失を云々するが、その具体的内容と会社の倒産との因果関係を明らかにしない。被告としては、原告の主張する悪意または重大な過失の事実を否認する。なお、原告の主張する商法第二六六条ノ三の損害賠償請求権は、おそくとも右会社の倒産から三年を経過した昭和四一年八月三一日には時効により消滅している(民法第七二四条)。

さらに、右訴外会社の倒産後の昭和三八年一二月一六日、債権者らの集会が開催され、訴外吉原米穀株式会社が倒産会社の全債務を引き受け、債権者らからは、倒産会社とその役員に対しなんらの責任も追求しないという決議が成立した、被告は、右決議に従い、倒産会社の整理委員会に金二一一、八〇〇円の債権を届け出て、すでに同委員会を通じ吉原米穀株式会社から内金四、二三六円の支払を受けている。それ故原告は、右決議の拘束力を受け、倒産会社とその役員たる被告に対しては、なんらの請求権も有しないし、かりに若干の債権があるとしても、その額は、金二〇七、五六四円をこえぬものである。」

原告は、被告の抗弁に答えて、次のとおり述べた。

「原告は、被告の主張する債権者集会なるものに出席しておらず、もとよりその決議に加わつていないから、右決議の内容の拘束力を受けるものでない。それ故、債権の届出もしていない。右集会の期日後、倒産会社の代理人と称する者から原告の債権の内金として金四、二三六円の支払を受けたことはあるが、これを元本に充当する旨の意思表示はなかつたから、損害金に充当すべきもので、その結果は、本訴請求権になんらの減少をももたらすものでない。」

証拠<略>

理由

原告の請求は、理由がないものである。

<証拠>によれば、原告は、商品取引所仲買人の訴外三洋物産株式会社に対し、昭和三七年五月ごろから商品売買取引の委託をなし、その委託証拠金として同年一〇月四日から昭和三八年五月二八日までの間に五回にわたり、合計金一、〇四〇、〇〇〇円を預託したが、同年中に委託契約の解除を告知し、証拠金の返還を求めたことが認められる。

しかるところ、右訴外会社が昭和三八年八月に倒産したこと、被告が同会社の代表取締役であつたことは、当事者間に争いがなく、原告本人および被告本人の各供述によれば、原告は、昭和四三年五月、被告方を訪れ、前記証拠金の返還につき善処方を求めたことが認められる。しかし、その際被告において右会社の証拠金返還債務を重畳的に引き受けることを約束したという原告の主張事実は、その立証がなく、かえつて右各当事者本人の供述によれば、右約束の事実がなかつたことが明らかである。それ故、右重畳的債務引受の事実の存在を前提とし、前記委託保証金とこれに対する附帯の遅延損害金の支払を求めている原告の主位的請求は、失当というべきである。

そこで、原告は、予備的に、商法第二六六条ノ三の規定を採用し、被告の損害賠償責任を主張しているので、以下これにつき判断する。(原告は、この主張を訴状に掲げながら、最初になすべきは口頭弁論の期日に不陳述の旨を表示し、その後の口頭弁論期日に至つてこれを陳述したことから、被告は、右の陳述が、禁反言の原則および民事訴訟法第一三九条に照らし、許されないと主張している。しかし、いわゆる禁反言の原則が、一旦陳述を控えたにとどまる主張を後日に陳述することまで禁止したものとは解されないし、本件における原告の商法第二六六条ノ三を援用した主張は、単なる攻撃の方法ではなく、それ自体予備的請求を構成するものと認むべきであるから、被告の右主張は、これを採用することができない。)

<証拠>によれば、被告は、昭和三五年訴外三洋物産株式会社の設立以来の代表取締役で、月額金三〇、〇〇〇円の報酬を受けていたが、現実に会社業務の主宰運営に当つていたのは、訴外保田清太郎ほか一名の平取締役らであつて、被告自身は、もともと農業に従事しており、会社に常勤せず、会社業務は、ほとんど右平取締役らに委せきりで、これに意を用いるところがなかつたこと、その間において、右平取締役らは、会社財産および業績に比し不相当に多くの営業所を各地に設けて、経営規模を拡大し、商品市場において危険度の高い投機的取引を繰り返すなど、不健全な経営をなし、従業員らに対する監督も不行届で、かれらのうちには顧客からの委託証拠金を横領するような者もあつたので、会社は、著しい債務超過となり、倒産のやむなきに至つたこと、本件における原告から右訴外会社に対する委託保証金の預託も、会社の経理状態がかなり、悪化した時期に、末端の舞鶴営業所の従業員の扱としてなされたものであることが認められる。以上の認定事実によれば、被告は、会社に対する関係において、代表取締役としての職務を執行するにつき悪意または重大な過失があつたものと解せざるを得ず(最高裁判所昭和四四、一一、二六大法廷判決・民集二三巻一一号二一五〇頁以下参照)、右悪意または重大過失が、原告から当然返還困難と予想される委託証拠金の預託を受け、かつ、会社の一般財産の減少をもたらした原因をなし、ひいては、原告に右委託証拠金の返還を受けることができないようにさせ、その金額に相当する損害を被らせたものと認めなければならない。被告が原告に対し、商法第二六六条ノ三に基づく損害賠償責任を負うに至つたことは、否定し得ぬところというべきである。

ところで、被告は、右損害賠償請求権がすでに民法第七二四条所定の時効にかかり消滅したと主張しているので、右抗弁の成否について考える。おもうに、商法第二六六条ノ三に基づく取締役に対する損害賠償請求権は、法が認めた特別の性質のもので、不法行為上のそれでないというのが判例理論と解される(前掲最高裁判所判決参照)が、短期消滅時効期間を定めるのを相当とするところの事情は、双方について等しく存在するものと考えられる。その故、商法第二六六条ノ三に基く損害賠償請求権の消滅時効の期間も、民法第七二四条の類推適用によりこれを認めるのが相当である。しかるところ、原告が訴外三洋物産株式会社との間の商品取引委託契約を解除したのが昭和三八年中であり、同会社が同年八月に倒産したことは、前述のとおりであつて、なお、原告本人の供述によれば、原告は、おそくとも昭和三九年の始めごろには右倒産の事実を知らされたことが認められる。それ故、原告は、どんなにおそく考えても昭和三九年中には、同会社の代表取締役たる本件の被告に対し損害賠償の請求をなし得べき旨を知つたと推認するのが相当であり、しかりとすれば、右損害賠償請求権は、昭和三二年中までには時効により消滅したものと断じなければならない。

してみれば、原告の商法第二六六条ノ三を援用した予備的請求も、理由がないことに帰着する。

よつて、原告の請求をすべて失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(戸根住夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例